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歌うたいの洋服製作と犬日記

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クラシック音楽を歌いながらオリジナル洋服の製作をしています。五感に響くクリエイティブを目指してます。(ワン子と人のごちそうレシピも紹介。)

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連想は膨らむ。

「愛情を持って言葉の上に立とう。」

歌う時。

無意識の中で言葉を大切に歌うことが強制されているのかもしれない。
それはその人の本当の歌、声ではないように思う。

先ほど地元コーラスの飲み会で戴いたどら焼きを食べながらブログ。

日曜日の合唱団の練習から今日まで、
その日にあった問題が気付くと頭をグルグル廻っている。
午前中に送られてきたその合唱団のメーリングリストのメール、
今日の飲み会での話、(上の合唱団とは別)
帰り歩きながらそのメンバーさんの一人と話したこと、
帰ってきて日曜日の合唱団の友人にもらったメール、
その他、
色々な主張や考えがいっそう私を刺激する。

今日までの出来ごとのことでさっぱり出来ないでいる自分がいるのは、
合唱をする上で必要な声という課題の答えがなかなか見出せないことに纏まるのだと思うけれど、
連想が始まって落ちついたのが言葉と声について関係ということになった。

言葉の開放は体の開放だろうな。
言葉に捕らわれているうちは声は生きてこないし、
合唱の場合は解放された均一の響きは生まれないだろう。
窮屈に揃える、抑えられて均等を保った歌ほど不健康なものはない。

それだけ自分のものにして言葉は語られるべき。
その先に声の色は知らないところで付いてくるものだろう。

「声を揃えて歌おう。」
「音色を統一して歌わなければならない。」

なんだかこの言葉だけでは実は恐ろしいんじゃないかと思う。

明日、新しい生徒さんを迎えるには気持ちが高ぶり過ぎているかもしれない。
今日はオリンピックを見ないでしっかり寝ようかな。

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